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ぐい、と背中を押してもそう長くは持たない。そんなことは分かり切っていた。なにせロイドが押し出す背中は自分よりも若く、力も強い。唯一勝っているのは知力と年齢…そして、大人の余裕というものだろうか。
「――ロイド伯爵!放してください!!ルルーシュをあのままになんてしておけない」
「ルルーシュ様、きっと泣いてる」
「ロイドさん、そこをどてください。僕には彼を守る義務があるんです」
よくもまぁ天下のラウンズをここまで骨抜きにできるものだと感心する心を片隅に追いやり、ロイドは今にも走り出してしまいそうなジノとアーニャのマントを握りしめたまま笑みを浮かべる。それを受けるのは仇でも見るような暗い目をしたスザク。彼のそんな顔をロイドは見たことがなかったけれど、恐ろしいと感じる以前に喜びの方が強かった。
「――…それが本当の君ってことかな」
「?何か言いましたか、ロイドさん」
「いーや、なんでもなぁいよ」
隙さえあれば逃げ出そうとするマントを手綱のように一度強く引き、ロイドはほくそ笑む。いつも正義の2文字を掲げ、形式通りの優等生を演じていたスザクがここまで簡単に人間臭い表情を見せるとは驚きだ。…余程ルルーシュに思うところでもあるのだろう。
「とにかく、そこをどいてください。これは命令です」
「「命令」ねぇ…別に構わないよ。君は僕より上の人間だしぃー。……でもさ」
――君は僕より「若い」んだよ
「若い」3人を横目で見やり、ロイドは素直に命令に従った。握りしめていた手綱からも手を放し、見送るように両手を振る。けれど、頭の上に疑問符を浮かべる彼らはあれほど望んでいた解放を素直に受け取ることができずにいた。
「若い、って…それは当然のことじゃ」
「そぉう!当然のことだよ。僕より後に生まれた君達が僕より若いのは当然のこと。…それが何か?」
じっと見つめても、ロイドの笑顔から何か答えを見つけられることはできない。スザクはどこか違和感を拭えないまま歩きだすことしかできなかった。そして、何か考えこむように地面を見つめていたジノやアーニャもスザクに遅れまいと歩き出す。けれど、その足取りに以前のような激しさはなかった。
言葉の意味を正しい意味で受け取ったはずなのに納得できない何か。それがほの暗い闇から姿を現すのは、3人が漏れ聞こえる声を聞いた時だった。
『ルルーシュ殿下…真実を知りたければ私をお呼びください。いつ何時でも馳せ参じましょう』
『…………』
その言葉はビスマルクのほんの僅かな願い。皇帝としての父に傷つけられ、庭でひっそりとしゃがみ込む背中に伝えた思い。シャルルの本心がどこにあるのかなど考えるまでもないことなのに、どこまでもまじめで純粋な彼は些細な嘘に本気で傷つくのだ。…それが見ていられなくて。ついでに自室で延々と聞かされるシャルルの懺悔と愚痴も聞いていたくなくて。ビスマルクは謁見の後は大抵ルルーシュの傍に控えていた。
だが、ルルーシュがその願いを受け入れてくれたことは一度もなかった。どんなに冷たい言葉を浴びせかけられようとも、どんなにその存在を小さなものと蔑まれても、ただビスマルクの白いマントを小さな手で掴み、震えているだけだった。――そう、マリアンヌ皇妃暗殺の時だって、彼は尋ねてはくれなかった。
「皇帝は悲しんだか」
そう一言呟いてくれたのなら、涙に濡れた舞台裏を事細かに説明することだってできただろうに。納得がいかないというのなら直接会わせることだってできたのに。――けれど、その時既に彼の信頼を失っていることをビスマルクは冷静に受け止めていた。いつもの庭に姿がなく、部屋には鍵がかけられている。悲しみに暮れる姿すら見せてはもらえない状況を拒絶以外の何だというのだろう。
あの時、あなたの部屋のドアを壊す決意さえあれば、こんな未来にはならなかったのでしょうか…
「ヴァルトシュタイン卿…あの申し出は今でも有効でしょうか」
「…もちろんでございます」
ルルーシュとビスマルクだけが残る道の真ん中で願いは叶えられようとしている。それは決してビスマルクの望む形ではなかったけれど、ルルーシュがきちんと彼の願いを聞き入れていることの証明でもあった。
真実を知りたければあの男に、そう考えていてくれたのならば、それはそれで喜ぶべきことなのかもしれない。――たとえ、その真実が彼を傷つけるとわかっていたとしても。
「では……僕に真実を」
――母上とナナリーは今、どうしている
何かから逃げるように後ろに向けられた視線。握りしめられた掌は未だ解放されず、静寂を装う姿が悲しみを誘う。身長も伸び、少年から大人へと成長したはずの背中を見つめながら、ビスマルクは淡々と真実を語る…語るしかなかった。真実をありのままに、それがルルーシュとの約束であり、一方的な誓いだったのだから。
一言、また一言。ビスマルクが口を開く度にそれを恐れるようにルルーシュの背中は震える。恐ろしければ知る必要はない、と滑り出しそうになる言葉を必死に押しとどめ、ルルーシュの望むものを差し出す。――聡い彼ならばきっと自覚している。自分が弱いことも、子供だということも。だからこそ何も言う必要はない。その彼を一人の大人として認めているからこそ真実を伝えるのだと理解してほしいから。
「…そして現在ナナリー様はエリア11の総督として着任の準備を整えております。――以上です」
「………………」
返ってくる返事はなかった。そして嗚咽の一つも聞こえてはこなかった。…それがあまりにルルーシュらしく、そして悲しい。
ビスマルクは静かに己のマントを外し、ルルーシュの頭から隠すようにそれを掛けた。幼き日々のあの頃、彼がどうして引き寄せるでもなく、涙を拭うわけでもなくそれを掴んでいたのかは分からない。けれどそれが彼を安心させる何かの行為であるならば、とビスマルクは願ったのだ。
ゆらゆらと揺れるマント。それは決して風に靡くそれではなく、不規則に、そして微かに。それをただ見つめることしかできなかったビスマルクは静かに目を伏せた。…見てはいけないと、心が訴えた。
「――…あなたは…」
真実を告げてからどれくらいの時間が経過しただろう。目を伏せたままじっと待っていたビスマルクは不意に聞こえたルルーシュの声に顔をあげた。
「…ルルーシュ殿下?」
「……あなたは、もっと聡い人だと思っていました」
押し隠してはいるものの、その声は悲しみに濡れ、痛みに血を流している。けれどそれを無理やり笑顔に変換し、更なる痛々しさを感じさせた。
ルルーシュはゆっくりと振り返り、ビスマルクが掛けたマントを再びあるべき者の元へと返す。そしてそのままあの頃と変わらぬ広い胸元にゆっくりと額を押し付けた。
「…知っていましたか、ヴァルトシュタイン卿」
――貴方が僕の隣に立っていると、僕の姿は奇麗に隠れてしまうんですよ
植え込みだけでは隠しきれない体をビスマルクの影は覆い隠す。彼の放つ剛毅さが人を遠ざけ、ルルーシュの弱い心を叱咤する。…だからそばにいてほしかった。弱い姿を誰にも見られたくなくて。簡単に成長する悲しみを押しとどめたくて。
「……ただのマントだけじゃ、意味がないんです」
視覚的に体を隠すことだけが目的じゃない。それはむしろどうでもいい副産物で、本当はただ…彼しかいなかった。口が堅く、自分を甘やかさない人間は。無理に何かを言おうとはせず、ただそこにいてくれるだけの人は。
「――ごめんなさい」
あなたのことを利用している――ルルーシュはそう呟きながら肩を揺らした。ずっと堪えていた嗚咽を開放し、ビスマルクの胸に寄り掛かる。すがるように伸ばされた掌には赤い月のような傷跡が並び、ビスマルクはその傷に触れないようそっと手を取った。
彼が謝る必要などどこにあるものか。騎士を主人が好きに利用するのは当然のこと。確かにビスマルクの直接の主人はシャルルではあるが、シャルルの最も大切な存在は他ならぬルルーシュである。…ならば、彼が望むことを叶えるのもまた、当然である。
ビスマルクは空いている手でマントを手繰り寄せ、ルルーシュの体を覆うようにして肩を抱く。気休めだとわかっていてもそうせずにはいられなかった。…きっと彼は望まないだろうから。悲しみに暮れるその姿を、これから共に歩く友人達に…。
終わりを迎えて降りてくる緞帳のように、ルルーシュの姿は白いマントに覆い隠された。…けれど、その方が良かったのかもしれない。見てはいけないと感じていても、その姿から離れてくれない視線は自分達の力ではどうにもならなかたのだから。
「……伯爵の言ってたことって、これかよ」
「…………」
「……………」
ジノは瞳に焼きついた光景を振り払うように走り出す――ルルーシュがいる方向とは反対の方向へと。
悔しかった。ただただ悔しかった。ルルーシュがビスマルクを頼る理由も、ロイドが自分達を「若い」と称した意味も、全て自分が至らないせいなのだ。ルルーシュを前にすればすぐに時間が舞い戻り、ストレートに自分の感情を押し付けることしかできないから…。
「――くそっ!!」
ジノは思い切り地面を蹴り上げた。千切れ飛んだ草の葉が風に舞い、あっという間に消えていく。
ジノにはできない。ルルーシュに包み隠さず真実を告げるなんて。言い訳も、慰めの言葉も加えず、ただ淡々と傷つけるだけの事実を突き付けるなんて。――でもルルーシュはそれを望んでいた。自分にどこまでも厳しい彼だからこそ。強くなりたいと願う彼だからこそ…。
「……くそ…っ…」
――悔しい。
ジノは唇を噛みしめる。
ルルーシュの願いを叶えてあげられない自分が
そして…
「今」のルルーシュが8歳であるという事実が
自分が――17であるという現実が…
つづく…
ビスルル…でいいのかな?(ワンルル?)
新ジャンルといいつつ、多分今回きりです。ビスマルク好きですけど。
あと、一応伝わりにくいと思うので補足。
ジノが言う「17であるという現実」が悔しいというのは、ルルーシュが8歳で求めていたもの、目標としていたものを、17になってようやく理解したことが悔しいということです。…8歳からそんな強靭な強さ求めてるルルーシュがおかしいんですけどね。
「若さ」ってのは一概に年齢によるものじゃないと私は思うので、17=まだ若い=悔しい、ってことではないです。まぁ、17になってもルルーシュに頼れるような人になれなかった、というのは多少含まれるかもしれませんが。
パパンが空気なのは気にしないでください。